サウダージと言われた夜

こんにちは、Amiです。
ネモちゃんのいとこが沖縄に来て2週間。到着してからずっとその子のサポートをしていました。

毎日忙しくしていました。
何がって?

 

英語で全てを説明しないといけなかったからです!

 

毎日、ガブリーニョ君とやりとりをするという決まりができていて、久しぶりの英語に、頭が疲れっぱなしでした。笑

「Ami、日本語でこれは何と言うの?」
「日本語があまりできないから、代わりにAmiが電話して」
「女性向けのお土産はなに?」
という簡単なことから、
「昨日、ゲストハウスの人と話をして×◎▲って言われて、◎×▲◇って答えてさ~」という、ところどころハテナとなっちゃう話まで毎日難しかったです。

だって、ゲストハウスの人たち、毎日人が変わるから、空手やってた人の話だったっけ?世界中を旅している人の話だったっけ?とかパニックでした。笑

ちょうどこの2週間、自分の本を出すために原稿の最終確認とか印刷会社との調整もあったので、身も心もぐったり。
それでも頑張れたのは、ガブリーニョ君がもんのすごくいい人だったから。
ちょうど10年前、ブラジルのカンポグランデという地域に滞在中にガブリーニョ君の祖父母にお世話になった私。

彼の祖父母は、戦後にブラジルへ渡った戦後移民1世でした。

ブラジルという国に慣れにくいハズと心配してくれて、毎日、日本語で書かれた新聞をホテルまで持ってきてくれたり、毎朝サーターアンダギーを持ってきてくれたり、とにかく私のメンタル面をものすごく支えてくれた。その方の孫がガブリーニョ君だったので、私もできるだけのことをしたかった。

ガブリーニョ君とはときどき英語のやりとりができなくて、会話が止まってしまう時もあった。
悲しくて、悔しくて、負けず嫌いな私は夜に英語の勉強をしたり。
とにかく、毎日全力投球。笑

2週間中、5日間を一緒に過ごした。
ブラジルってやっぱりいいな~って思ったこともたくさんあった。

ものすごく笑ったのが、高校、大学の卒業式の日が決まっていないこと。
先生がストライキとかすると3ヵ月とか授業が止まるらしく、卒業年日がマチマチになるそう。

ビックリしたことは、
交通事故の現場に遭遇したとき、「何で全く車何ともないのに、警察を呼ぶの?」という質問があって、「呼ばないの?」と聞いたら、「呼ぶわけないよ!」と。
「ブラジルの警察は交通事故なんかほとんどみないよ。もっと凶悪なことがあるからね」って。
車をぶつけられても、「FUCK!」みたいな言葉を言うだけで、特に何もしないんだとか。
確かに、私がサンパウロに行ったとき事故に遭ったんだけど、中指立てられただけで警察呼んだりなかったかも。。と思い出した。

あ、あと、カンポグランデという沖縄移民がたくさん住んでいる地域があるんだけど、陸地なので風が全く吹かないそう。
私もそこで数日滞在したけど、確かに風吹いていなかった。
それで私が到着した時に大雨が降って、「今年一番の雨を持ってきてくれた」とカンポグランデの人たちにずいぶん喜ばれた。
なかなか雨も降らないから、ガブリーニョ君は曇りと雨が好きだと話していた。

ネモちゃんが、「テレビ電話で親族と話したい」と言っていたので、ガブリーニョ君と計画を立てた。
時差の関係で日本の午後7時がベストだけど、親族がお年寄りだからなるべく早い方がいいとの結論で、ネモちゃんに報告。
だけど、ネモちゃんったら

7:15「今、起きた。髪をとくからチョット待って」
7:20「今から着替えるからチョット待って」
7:23「子どもが起きたチョット待って」
7:30「歯を磨いて、着替える。チョット待って」

さすがに優しいガブリーニョ君もイライラしたのか、

「ネモ、テレビ電話でお前の口の匂いは届かない!!」と、テレビ電話をかけ始めた。笑

すごい爆笑したんだけど、当のネモちゃんは親族と20年ぶりくらいに顔を合わせたことで号泣。
ウチナーグチ、英語、日本語、ポルトガル語を通訳するという、初めての経験で楽しいテレビ電話でした。

ガブリーニョ君。
空手もやってるし、エイサーもやっていて、仕事は沖縄そばレストラン。笑
顔もウチナーンチュ。笑
話すウチナーグチは名護方言。

そんなガブリーニョ君とお互いのいろんな話をして、とても仲良くなっていった。
最初はネモちゃんのお願いだし、面倒だけどやるか~!くらいだったけど、気が付けば自分がとても楽しんでいて、「あぁ、やっぱりこーゆーの好きだな~」って再確認したりして、とにかく私自身もずいぶんと成長させられた。
まぁ、ガブリーニョ君はすべてが受け身な一人っ子だったからね。やりやすかった。笑

 

で、昨日が最後の夜で。別れる時に、ついに泣き出してしまったのです、私が。
ずっと我慢していて、会った時から「嫌だー!もっと沖縄にいてー!」と言い続け、ガブリーニョ君も「落ち着いてAmi、まだいるよ」と散々言わせたのに。
涙が止まらず。泣

ガブリーニョ君は、泣き止むまで側にいると言ってくれて、この2週間一緒に行ったところをどう思ったとか、私のことをどう思ったとか、そんなことを話してくれた。
とても嬉しかったのが、「絶対また沖縄にくるよ。だって沖縄は自分のルーツだから」って言葉。
とても嬉しくて、その言葉を聞いてだけでまた泣けて。
私がカンポグランデに滞在していた時、彼のお祖父さんにものすごくお世話になったことを思い出しては、また涙。
彼のお祖父さんは、私と会った後亡くなったのです。
だからこそ、いろんな感情が入り混じって大泣き。
ガブリーニョ君は、そんな私を何回も抱きしめてくれました。
おかげで、彼の洋服は私の涙でいっぱいに。💦

 

そして、私への気持ちが英語で何と訳していいのかわからないけど、今こう思ってるよといって、この言葉を言ってくれました。

 

「サウダージ」

 

ガブリーニョ君は、その時「英語では多分miss youみたいな意味あいだけど、直訳が難しい」と。

それで調べてみたら、「世界で最も翻訳しにくい単語ランキング」の7位が、この「サウダージ」というポルトガル語でした。
サウダージってそんなに複雑な言葉なんだ!と思ったのと同時に、別れる最後の言葉がサウダージって、余計モヤモヤするわ!という気持ちもあったり。笑

そして今日。
ついに飛行機が飛び立つ直前、ガブリーニョ君からメッセージがありました。

 

「私の救世主。Amiのおかげでこの旅行に来ることができた。」と。
それと一緒に2人で撮った写真が送られてきて、また涙。

ネモちゃんに、ガブリーニョ君が無事沖縄から旅立ったよってメッセージをしたら、ネモちゃんからも感動するメッセージがたくさんきて、また涙。

 

この一族は、本当に心優しい人で溢れている。
カンポグランデに来てほしい、チケットが高ければそのサポートをする準備をしている、と。
ガブリーニョ君も、「Amiがカンポグランデに来たらどこに連れていくか決めている。何を食べさせたいかも決めている。今度は僕の車でAmiを案内する」と。

 

10年前ブラジルに行ったとき、職場の人から嫌がらせを受けていた私は、現地の日系人のみなさんが私の存在を認めてくれたことに深く感動して、それと同時にブラジルという国が大好きになった。この国の日系人のためなら、何でもやろうとそう誓った。

 

だから「何でそこまでやるの?」と周りに言われても、自分の中ではそれが当たり前だったので答えにいつも困っていた。
遠いし高いし、ブラジルにまた行くなんて無理だ・・と思っていたけど、来てほしいという人がたくさん居てくれるのでやっぱり行こうと思う。

 

それで、サウダージの意味をもっとちゃんと理解してこよう。
ガブリーニョとの2週間は、私にとってもブラジルを感じさせる強烈な日々だった。

彼の優しさ、夢、希望、そんな話を聞いていて、たくさん学ばせてもらった。
今度はカンポグランデで、存分に甘えてやる~~~~~^^

スポンサーリンク

SPONSORED LINK




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です