シュガーローフ(慶良間チージ)に行ってみた

こんにちは、Amiです。

今日はこんなに暑くなるとは思わずに、お昼頃外を歩いたからか「熱中症」になってしまいました~~~orz

今年は4月から真夏のように暑いので、沖縄を歩かれる際にはみなさまご注意を。

フラフラしながらも行ったのが、「シュガーローフ」です。

ハローワークで仕事を10分くらい探して(短かっ!)、前々から行きたかったシュガーローフまで歩いてみました。

那覇市の新都心にあるこの「シュガーローフ」。

新都心にまだ建物がほとんど建っていなかったとき、この高台はデートスポットの1つでしたが、この場所が第二次世界大戦時に激戦地だったことを知っていた私はなかなか寄り付くことができませんでした、、

でも今日は、フと行ってみようと思い立ち、ハローワーク帰りに寄ってみました。

場所は、地図で見るとこんな感じです↓

画像、ちょっと見えにくいかな?

サンエー那覇メインプレイスからおもろまち駅に向かう間にあります。

DFSという免税店の向かい、という方がわかりやすいかな?

道路側に階段があり、そこをのぼっていきます。

そこまで長い階段ではないのですが、結構ゼーハーしちゃいました。汗

上には大きなタンクと、この小さな展望台があります。

展望台に上がる手前に、説明版を発見!!

字が見えにくいかもしれないので、下に引用します。

慶良間(キラマ)チージ(シュガーローフ)

沖縄戦の激戦地。字安里の北に位置する丘陵地帯に築かれた日本軍の陣地の一つ。日本軍は「すりばち丘」、米軍は「シュガーローフ」と呼んだ。一帯の丘陵地は日本軍の首里防衛の西の要衝(ようしょう)で、米第6海兵師団と激しい攻防戦が展開された。

とくにここ慶良間チージの攻防は、1945年5月12日から一週間に及び、1日のうち4度も頂上の争奪戦がくりかえされるという激戦の末、18日に至り米軍が制圧した。

米軍は死傷者2,662人と1,289人の極度の精神疲労者を出し、日本軍も学徒隊・住民を含め多数の死傷者を出した。

なお、英語版も併設されていたので載せておきますね。

夜はちょっと一人では上がれないけど、今日は比較的早い時間だったこともあり、タンクの周りを一周してみました。

タンクの周りにはキチンと歩きやすい歩道があります。

ただ、ちょっと気になったのがこのタンクの裏側にお手洗いがあって、そこの方に浮浪者の家?のようなものがありました。ちょっとしたスペースを利用して人が生活をしているようなゴミの山?みたいなのがあって、ちょっと気にはなりました。

でも、シュガーローフの説明版と展望台からは真反対側になるため、タンクを一周しなければ出会わない風景かな、と思います。

女性だけで行くには少し気を付けた方がいいかなぁ、、、

この近くにある楽市にも足を運びました。

無印良品、ユニクロ、Depo、リウボウなどを通っていると、フと不思議なポストに出会いました。よく見ると、「沖縄復帰30周年記念ポスト」と書かれていました。

ポストの上に沖縄の地図が乗ってるでしょう?

最初見たとき、なんで地図が乗ってるんだろう?と思ったら、そう書いてありました。

ここにしかないポストなのかなぁ?

「復帰30周年記念ポスト」って初めて見ました。

日本に復帰したのが1972年(昭和47)5月15日なので、これは2002年(平成14)に建てられたものなのかな?!

普段は買い物だけを目的にウロウロするから気づかなかったけど、時間があるといろいろ周りを見るからか、発見があって面白いです。

この後、フラフラしながらも南部地域を散策しました。その場所に関してはまた後ほど紹介します(⋈◍>◡<◍)。✧♡


みなさんも、この時期の体調管理には十分気を付けてくださいね。

・・・あ、大切なこと。ハローワークで何か仕事を見つけたか、というと何も見つけられませんでした。笑

人生って、そんなものです。

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