イオンライカムができる前は?

こんにちは、Amiです。

久しぶりの沖縄ネタを。

2015年に、北中城村(きたなかぐすく・そん)にオープンした大型イオン、それが「イオンライカム」です。毎日、地元民、観光客であふれ、特に雨の日はすっごく混雑する場所でもあります。

沖縄は夏が非常に長く、なかなか外でのウォーキングに気持ちが向きません。なので私の良いウォーキングスポットの1つでもあります^^

いつもはライカムの中を歩いていましたが、無職期間中にライカムの外側を歩いてみたいと思っていたので、歩いてきました。

すると、ある碑に目がとまりました。

上の写真の左側にある黒っぽい碑です。初めて気づきました。というか、外側を歩いてないと気づかない碑ですね。

ライカムができる以前の歴史が書かれていました。

この碑の文章を引用します。

第二次大戦まで当地は北中城村字比嘉として68戸、人口315名、総面積625,800㎡、189,000坪の集落であった。

東原、内原、前原、西原の地名から成り、内原と西原が住宅地で、東原が山林、前原が主に農作地であった(中略)。大戦によって、昭和20年(1945年)に米軍に接収されてゴルフ場と化し、平成22年(2010年)7月29日に返還されるまで65年余に至って使用された。

沖縄県の場合、基地ができたことで消えた集落がいくつもあるから、ここはその1つだったんですね。今の今まで知りませんでした。

この碑の右下の方に、こんなことも書かれています。

アワセゴルフ場の返還に当たって

ゴルフ場の返還による跡地利用計画として郷友会でゴルフ場として利用するとか、また、大学院病院を誘致すること等が検討されたが、最終的には北中城村を中心とした周辺地域の活性化に最大限寄与すると考えられるショッピングモール、総合病院、北中城村営のアリーナ及び住宅を区画整理事業として整備することとなった。

郷友会としては、字比嘉集落の復活も模索したが、残用地では集落を形成するには狭隘で、さらに諸般の事情もあって断念せざるを得なかった。

よって、ここに旧字比嘉区民の総意で石碑を建立することとした。

なるほど。

確かに、基地にとられた後の跡地利用は、難しい課題ですよね。

それでこんな大型ショッピングモールができたんだなぁ。

イオンさんの良いところは、こうして地域の歴史や文化を建物内で展示している点です。お手洗いに行く廊下にも、イオンライカムができる以前の歴史(写真)などが貼られています。

写真も展示されているので、お手洗いに行く際には探してみてくださいね。

ちなみに、一番最初に紹介した石碑は、この道路沿いにあります。

ライカム近辺はまだ区画整理中なので少し見つけにくいかもしれませんが、興味がある方はウォーキングがてら探してみてくださいね。

イオンライカムは日時によってもすごく混雑するショッピングモールです。

行かれる予定のある方は、コチラのサイトで駐車場の埋まり具合やイベント情報をチェックしてからがいいと思います。特に雨の日やイベント開催日には全く駐車できずに、諦めて帰る人もいます。事前のチェックをおすすめします^^

バス、タクシーで行かれる予定の方はコチラを参考にしてみてください。

2019年4月26日にはリニューアルオープン予定です!

雨で沖縄観光ができなくなった・・!という方にとっても、良い気晴らしになると思いますよ。

それでは、また。

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